記者の目:天安門車突入事件とウイグル族=隅俊之

毎日新聞 2013.11.21

 中国・北京の天安門前に車が突入した事件は、ウイグル族とみられる家族3人の犯行とされ、新疆ウイグル自治区出身の5人が事件に関与したとして拘束された。中国当局は独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動」が背後に存在する「組織的テロ」と断定したものの、宗教的な内容が書かれた旗が燃え尽きた車から見つかるなど不自然な点は多い。発表内容の検証を試みるメディアの取材を当局は厳しく制限したが、現地で強く感じたのは、ウイグル族の文化やイスラム教の信仰を軽んじる民族政策だった。

 ◇踏みにじられる辺境

 自治区最大の都市ウルムチで乗ったタクシーのウイグル族の運転手(48)の表情が忘れられない。「漢族からの差別や抑圧を感じるか」と聞いた時、彼は沈黙した。しばらくして、ウイグル族だと分かると就職を断られたことや、親族がイスラム教徒の帽子をかぶって通勤すると解雇されたことを教えてくれた。だが、本当の気持ちはその前の沈黙にあったと思う。「差別や抑圧? あるさ。でも、言葉にしたところで、あなたに私の気持ちが分かるのか」と。

 ◇慣習や文化を無視され反発

 漢族とウイグル族の対立では、自治区の経済的な利権を漢族が独占していることへの不満が指摘される。ただ、現地で最も感じるのは、経済的問題よりも、独自の慣習や文化が無視されていると受け止めるウイグル族の反発だ。

 南西部カシュガルでは、ウイグル族向けの近代的な住宅が建設されていたが、礼拝スペースも羊を飼う場所もない。トルファン近郊では、男性はイスラム教徒に多いヒゲをそるよう強要され、国有企業ではモスク(イスラム礼拝所)に行くのも禁止されていた。女性はスカーフで頭を隠すことは認められても、顔を隠すことは許されなかった。

 中央政府は自治区に約1500億元(約2兆4000億円、2011年)の財政支援を行うなど、開発の「恩恵」をアピールする。だが、カシュガルで出会ったウイグル族の男性(31)は「金ではない。イスラム教徒は危険だと、彼らは宗教や文化を踏みにじる。一番の問題は伝統的な私たちの価値観を知ろうとしないことにある」と訴えた。

 ◇想像力に欠けた漢族の優越主義

 実際、一般的な漢族の人々と接する中でウイグル族への偏見を感じることは多い。取材から戻り、知り合いの漢族の会社員(32)と話していた時、普段は環境問題や人権問題で政府批判を繰り広げる彼女が「中央政府の投資で豊かになり、教育も受けられるようになったのにウイグル族はなぜ感謝しないのか」と戸惑うことなく言うのに驚いた。

 「なぜ感謝しないのか」。ウルムチの運転手の「沈黙」の理由は、ここにあると思う。民族のアイデンティティー維持に不可欠な文化や慣習を軽んじられ、多額の財政支援や開発と引き換えに「感謝」を求められても、できるはずなどない。それを訴えても理解してもらえないことへの失望感が根底にある。

 頭に浮かんだのは、かつて取材した沖縄やグアムだった。どちらも米軍基地という重い負担を強いられ、多額の補助金が地元経済を支えている。グアムでは、米軍が水資源を優先的に使い、市民生活が制限を受けていた。基地の反対運動をしていた女性は「補助金がもらえるからと、基地の受け入れを『感謝』する人などいますか」と話した。「中央」が「辺境」の人々の尊厳にまで心を砕いているのかという問題提起だった。ウイグル問題は遠い異国の話で済まされない構図が横たわっているように思えた。

 いま考えるべきなのは、漢族がウイグル族を「支配する」というヒエラルキー(階層制)だと思う。自治区内で警察の検問を受けた時だった。「何の取材に来た。帰れ」。漢族の警察官が私を詰問する。その後ろに、部下とみられるウイグル族の警察官が数人いた。漢族の警察官は銃を持っているが、彼らは警棒を持っているだけ。ウイグル族の警察官は小部屋の粗末なベッドで寝泊まりしながら24時間体制の警備をしていた。取り締まる側の警察の中でさえ、漢族とウイグル族のヒエラルキーが厳然としてある。

 こうしたヒエラルキーは、ウイグル問題を「核心的利益」と位置づける中央政府にとって、体制維持のために必要なのかもしれない。だが、ヒエラルキーの下で生きることを強いられるウイグル族の心情を、漢族はどこまで理解しているのだろうか。漢族の優越主義に根差した民族政策には、そうした想像力が欠けているように思えてならない。(上海支局)

http://mainichi.jp/opinion/news/20131121k0000m070110000c.html