2人が埋葬、政府は無言、警察当局は住民を脅迫

殺害された一人は孤児のハシムジャン・エメット氏

RFA 2009年6月30日 (一部抜粋)

RFAの取材で明になった情報によると、6月26日に広東省で起きた衝突で殺害された2人ともカシュガルのコナシェヘル県ゼミン村出身で、2人とも男性だった。現地の政府関係者および住民らの話によると、2人の死体は村に運ばれてきて、6月29日に当局の監視の下で慌てて埋葬されてしまったという。

殺害された2人のうち一人の名前はハシムジャン・エメットで、既に両親をなくしていた孤児だったという。

村の書記によると、ハシムジャン・エメット氏は(村から)逃げるなどをして去年と今年前半の「余分な労働力移送計画」の波を免れていたが、結局は今年6月16日に広東省のあの玩具工場に送られていたという。また、家族には死因や事件の詳細は知らされておらず、家族は政府に説明を求めているという。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/guangdong-shehiti-hashimjan-06302009192329.html

ウイグル自治区政府とヌリ・ベキリは無関心

RFA 2009年7月1日 (一部抜粋)

6月26日に広東省で起きた衝突については、これまでに広東省政府と中央政府は一応態度を表明した。しかし、事件に最も関心を持つべきウイグル自治区政府は未だに無言のまま。社会安定に関することなら誰よりも早めに態度を表明してきた(偽主席)ヌリ・ベキリも、2人のウイグル人が殺害され118人が負傷した今回の事件について一言も口を開いていない。この状況は国内外のウイグル人の強い不満を呼んでいる。

いつも社会安定を一番多く強調してきたヌリ・ベキリが今回の事件について無言のままいる。この状況を見たウイグルの人々は「ヌリ・ベキリが強調してきた社会安定はただ漢人の安全を守ることだけを意味するものだったのか?以前一人の漢人兵士のために涙を流していたヌリ・ベキリだったが、2人のウイグル人が鉄棒で殴られ残虐に殺害された今度はどうしてしまったのか?…」というようなことまで考えさせられている。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/guangdong-shehitliri-07012009194926.html

現地の住民には情報が伝わっていない

RFA 2009年7月2日 (一部抜粋)

6月26日に広東省で起きた衝突の後、ウイグルの住民らは子供たちの安否について情報を入手できず、不安だらけの日々を送っている。一方で、現地の中国当局は、事件に関する情報を厳しく規制し、大衆が事件について議論することを禁止している。

今回の事件で被害を受けたウイグル人労働者のほとんどがカシュガルのコナシェヘル県トックザク村を中心とする各村から移送された若者たちだった。しかし、事件発生から数日が経った今でも、村の住民らには事件についての情報がまともに知らされていないのが現状である。

RFAでは、トックザク村の複数の住民に電話取材を行った。電話取材に応じた住民らによると、現地の警察当局が住民らに対して、殺害されたウイグル人のことを「酒を飲んで喧嘩したため亡くなった」と説明し、異論を唱える者は罰すられることになると警告したという。

事件で殺害された一人はゼミン村出身のハシムジャン・エメット氏だった。この村の住民の話によると、当局はハシムジャン・エメット氏の家や墓地に監視員を配置し、突然の事件が起こらないように警戒を強めているという。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/guangdong-qanliq-weqesi1-07022009201543.html