中国のウイグル分断 募る敵意

nikkei, 24.01.2020

中国最西部、新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチにある二道橋地区は、中国の他の多くの都市部とよく似ている。道路は高級車であふれ、その間を縫うように出前のスクーターが走る。多くのビルは新しいガラス張りの鉄筋製で、どれも同じような形だ。

2009年7月に起きた暴動の痕跡はみられない。中国でのこの暴動は、ここ数十年で最大の流血を招く民族衝突になった。その背景にはチュルク語系言語を話し、イスラム教徒が圧倒的多数を占める新疆の先住民ウイグル族と、中国の人口の90%以上を占める漢民族との対立があった。発端は中国南部でウイグル族の工員2人が暴徒に殺害されたことに対するウイグル族の抗議デモだった。二道橋などウルムチ市内各地で発生した暴動の初日に死亡した200人以上の多くを漢民族が占めた。その後、漢民族も報復のために街頭に繰り出した。ウルムチは数日間にわたり怒りと恐怖に覆われた。

漢民族とウイグル族、文化的にも地理的にも隔たり

今ではウルムチは平穏だが、民族によって居住地区ははっきり分かれる。二道橋はウイグル族地区として知られ、ウイグル族が経営する店では麺やラム肉の煮込み、丸く平たいパン、カラフルな布や宗教に関連した商品が売られている。他地区の住民は主に漢民族で、ウルムチの人口全体の4分の3を占め、経済を支配する。市内最高の高さ229メートルのビルは、ウルムチから2000キロ東に離れた北京に本店を置く国有銀行が所有する。北京は新疆のウイグル文化とは全くの別世界だ。

ウルムチは漢民族の拠点だが、新疆全体ではウイグル族の人口は約1000万人、漢民族は約900万人だ。彼らは文化だけでなく、地理的にも分断されている。漢民族は主にウルムチがある北部に住み、ウイグル族はかつてオアシスの町だったカシュガルやホータンなど貧しい南部に集中する。南北間には広大なタクラマカン砂漠が広がる。

新疆当局が16年に強制収容所の建設を始めた理由を理解するには、この民族対立の本質を知っておくことが重要だ。強制収容所には推定100万人が収監され、そのほとんどがウイグル族だ。09年の暴動で、漢民族はウイグル族への不信感を強めた。一方、ウイグル族は当局の厳しい対応に怒りを募らせる。「職業技能教育訓練センター」と中国政府が呼ぶ強制収容所は、分断がさらに制度化されている証しであり、ウイグル族の苦境が今後もずっと続くことを示す。

ウイグル族は極めて敬けんなイスラム教徒であったり、ウイグルの慣習に愛着がありすぎたりするだけで収容所に入れられる。これはテロ抑制に役立つと当局は主張する。収容所建設前の15年間に新疆でのテロ発生件数は数千件に上ったが、建設後はゼロになったという。だが、この大量収容でウイグル族が新疆の漢民族の支配者層への敵意を募らせているのは確かだ。

宗教だけでなく日常生活にも及ぶウイグル族への監視

強制収容所が新疆の世論に及ぼしている影響を評価するのは難しい。この地域を訪れる外国人ジャーナリストは複数の私服の公安当局者に車や徒歩で尾行され、厳重に監視されるからだ。多くの交差点には小さな「警務所」があり、その間には顔認証機能を搭載した無数の監視カメラが設置されている。大型ホテルやショッピングセンターから書店や小さなレストランに至るまで、大半の建物や会社に入るにはX線装置や金属探知機による検査を受けなくてはならない。ガソリンを購入する際には、車内検査や顔のスキャン、IDチェックが必要だ。

この全面的なセキュリティーは明らかにウイグル族を監視し、抗議デモや暴動を阻むのが主な狙いだ。地域の幹線道路を走れば検問所で頻繁に止められ、警棒を持ちヘルメットと防弾チョッキを身に着けた武装警官が車を調べる。ウイグル族はさらに質問とチェックを受ける場合もあるが、漢民族は通過してよいと手で合図されることが多い。

ここ数年の取り締まりはウイグル族の信仰が対象だ。一部のモスク(イスラム教礼拝所)は閉鎖されるか取り壊された。ドームや三日月などイスラムの特徴は「中国化」するため撤去された。当局は子供へ信仰を教えることを禁じるなど、礼拝の場での規制を強化している。女性が頭を完全に覆ったり、男性があごひげを伸ばしたりするなど多くの慣習も禁じた。当局者や学生はラマダン(断食月)に加われない。

新疆の漢民族の多くはこうしたセキュリティーを気にしていないと話す。電器店を営む陳さんは「みんな慣れている。むしろ安全を守ってくれるのでありがたい」と感謝する。陳さんは7年前に中国内陸部からウルムチ近郊の町トルファンに越してきた。

新疆の漢民族には、陳さんよりもはるかに古いルーツを持ち、中国共産党が北京で政権を握った直後の1950年代にさかのぼる人もいる。毛沢東は当時、ウイグル族が圧倒的多数を占めていたこの地域に復員した漢民族の兵士約17万5000人を入植させ、農地を開墾し、ソ連が支配する中央アジアとの国境を警備させた。彼らは国営企業でもあり準軍事組織でもある「新疆生産建設兵団」の団員になった。兵団は新疆の農業を支配するようになり、ウイグル族が競合できる余地はほとんどない。広大な土地を管理し綿花やトマトの生産量では中国の大半を占め、しばしば国内の他地域から移ってきた漢民族を労働力とする。建設や不動産取引、石油業界(漢民族系の大手国有企業が支配する)にも携わり、新疆の域内総生産(GDP)に占める割合はここ数年上昇している。

兵団はいわば国家内の国家だ。新疆にある28市のうち9市を直接支配下に置き、こうした都市では警察部隊や病院、テレビ局、新聞社まで運営する。人口の多くは漢民族で、ウイグル族との交流はほとんどなく、言葉も理解できない(都市部のウイグル族の大半は中国語を話す)。非公式のアパルトヘイト(人種隔離)制度だ。

強制収容所が民族紛争の火種に

新疆に住む漢民族の多くは、少なくとも一部のウイグル族に侵略者とみられていることを腹立たしく思っている。トルファンの銀行で働く趙さんの祖父は1958年に北京に隣接する河北省から移住し、地域を発展させ、家庭を築くために厳しい状況に耐えてきた。趙さんは「私の家族は新疆人で、ここは私たちの故郷でもある」と語る。趙さんはウイグル族を「後進的で」「信用できず」「暴力的」だとみていると認める。新疆の漢民族はウイグル族に対して同じようなイメージを持ち、それをはっきりと口に出す。

16年に新疆の党委書記(このポストは実質的に漢民族の中国人が占める)に就任した漢民族の陳全国氏も、こうした意見を耳にしたのだろう。漢民族が09年におのやバール、肉切り包丁で武装してウルムチ市街に繰り出したのは、ウイグル族の暴動に憤ったためだけではなかった。自分たちを守りきれない政府にも激怒していた。陳書記が進めた強制収容所の建設プロジェクトはこうした層に支持されたのかもしれない。だが、19年末に米ニューヨーク・タイムズ紙に流出した政府文書では、陳書記の弾圧に抵抗した地元当局者もいたことが示された。ウイグル族と漢民族双方の当局者数千人が弾圧に抵抗したとして処分されたという。ウイグル族の当局者の拘束を進めず、かばおうとした容疑で投獄された新疆南部の漢民族のリーダーもその一人だ。

陳書記の批判派は正しい。ウイグル族に対する厳しく非人道的な扱いは両民族間の敵意を和らげるどころか、漢民族の支配に対する怒りを一段とかきたてるように思えるからだ。これによりさらに暴動が起きれば、漢民族もウイグル族への敵意を強めるだろう。陳書記は強制収容所の建設で、中国が新疆の民族紛争に今後ずっと脅かされる事態を招いた。

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