中国に親を奪われたウイグルの子どもたち、トルコで孤児に

AFP, 15.03.2020

【3月14日 AFP】トルコのイスタンブール(Istanbul)郊外に位置するある学校は、中国から逃れたウイグル人の子どもたちが、自分たちの母語と文化を学べる貴重な場所になっている。だがその学校は同時に、一部の子どもにとっては臨時の児童養護施設でもある。

中国北西部で悪化するイスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧から逃れてきた親たちは、故郷がまだ安全だと思い、仕事や親族訪問のため時々戻っていた。そして、謎のネットワークに捕らわれ、一切の連絡が許されない再教育施設に消えてしまったのだ。

 校長のハビーブッラー・クセニ(Habibullah Kuseni)氏は、100人強の児童のうち、26人が片親を、7人が両親を再教育施設に連れ去られていると語った。

その一人ファティマさん(9)の故郷の記憶はかすかなものとなり、今では父親の記憶も薄れつつある。

ファティマさんは父親と一緒にテレビを見たことを覚えている。ファティマさんはアニメを見たかったが、父親はニュース、特にトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領についてのニュースを見たがった。エルドアン大統領はイスラム教の世界で、ウイグル人のために立ち上がり中国の怒りを招く危険を冒すわずかな指導者の一人だ。

多くのトルコ人は、同じイスラム教徒として、または同じチュルク語を話す民族として、ウイグル人と歴史的つながりを感じている。

ファティマさんの父親は、中国・新疆(Xinjiang)の収容施設の存在が知られる前から、時々仕事で中国を訪れていた。

「そしていなくなってしまった」とファティマさんは涙ながらに語った。「帰ってくると思ったのに、帰って来なかった」。父親の消息は3年間分からないままだ。

中国国外に逃れたウイグル人活動家らは昨年11月、ウイグル人らが拘束されている新疆の収容施設や刑務所を500近く確認したと発表した。これまで収容人数は約100万人だと一般的に言われてきたが、それよりはるかに多くの人が中国政府に拘束されている恐れがあるという。

収容施設について報道され始めた2017年、中国政府はその存在を否定していた。だがその後、この施設はイスラム教徒に標準中国語を教え職業訓練を施すためのもので、過激思想と闘うことを目的とした「自主的」職業訓練センターだと主張した。

だが、漏出した内部資料によると、収容所は刑務所のように運営されており、活動家らは、主にウイグル人ら少数派であるイスラム教徒の文化と宗教を根絶やしにしようとしていると非難している。

■「私たちのことは心配しないで」

トルコには約50万人のウイグル難民がいるが、その中にはファティマさんと同じような境遇、またはそれ以上に悲惨な状況の子どもが大勢含まれている。

トゥルスナイさん(15)は、2017年7月から両親と会ってもいないし、話してもいない。両親は中国への帰国途中にかけてきた最後の電話で「私たちのことは心配ない」と言っていた。奇妙なことに2人の旅券は没収されたが、きっとすぐ解決されるとも話した。

それから連絡が途絶えている。

トゥルスナイさんは中国での生活を覚えている。アパートの入り口にカメラが設置された時にこう父親に聞いた。「なぜ私たちは監視されているの、パパ?」。父親は「私たちがイスラム教徒だからだ」と答えた。また父親は、家族で集めていた宗教的なCDのコレクションを焼き捨てた。

トゥルスナイさんに残されたのは幼い妹と、難民となってからの旅で出会い面倒を見てくれている年上の友人1人だけだ。中国にいる家族とは連絡が取れなくなっている。

ファティマさんは、両親がいなくなったことに対する怒りを覚え、両親に文句を言いたくなる気持ちを抑えなければいけないほど両親を思い焦がれている。「なるべく楽観的にふるまい、私をこんな目に遭わせたのは両親ではないことを忘れないようにしている」

教師のマフムト・ウトゥフィ(Mahmut Utfi)さん(39)は「ウイグル人は絶滅の危機に直面している」と語る。「われわれの文化、われわれの言語。私は自分の仕事を義務だと思っている」

ファティマさんは、抑圧によって反抗心を強めた。

今も涙は流れ、声は震える。だが、ファティマさんは中国政府に断固としたメッセージを送る。「私は彼らにこう言いたい。ちょっと待って。私たちを弱い存在だと思っているかもしれないが、今に分かる。私たちの民族、祖国は生き残る。あなたたちにそれを止めることはできない」

「奪われたものは、奪い返さなければならない」 (c)AFP/Eric Randolph