どこが「自治区」? 中国が手を下す「民族浄化」 少数民族への人権弾圧を米国政府が非難

JBpress 2010.10.28 古森 義久

10月中旬、米国の「中国に関する議会・政府委員会」という組織が、中国の人権弾圧の詳細を指摘する報告を発表した。

 この組織は米国の立法府と行政府が合同で中国の社会や国民の状況を調べ、米国の対中政策の指針とすることを目的に、2001年に結成された。日本にとっても参考となる対中組織であり、今回の報告も日本の政府や国会には有益な指針となるべき内容である。

 この委員会は、現在、バイロン・ドーガン上院議員とサンダー・レビン下院議員とが共同委員長を務める。共に民主党の有力なベテラン議員である。オバマ政権の国務省もこの委員会に代表を送りこんでおり、調査機関、政策勧告機関としての同委員会に大きな影響力を与えている。

中国当局による人権弾圧が昨年よりも悪化

 この委員会が今回、発表したのは2010年度の年次報告だった。同報告は、まず中国当局による人権弾圧が昨年度よりも悪化したことを強調し、特に民主活動家や法律家への迫害が増したと述べている。

 そして同報告は合計5600人以上の政治犯の詳しい情報をデータベースで公表し、その即時釈放を訴えていた。

 迫害や弾圧の内容について同報告は、「政治的投獄の新傾向」として、共産党の一党独裁に批判的な言動を取るノーベル平和賞受賞の劉暁波氏のような作家や、民主活動家、弁護士などの法律家の拘束が大幅に増加したことを強調している。

 その上で同報告は、劉氏の他にエイズ対策活動家の胡佳氏、人権弁護士の高智晟氏、ウイグル人の言論人ガイラット・ニヤズ氏、チベット人の環境保護活動家カルマ・サムドゥップ氏らの名前を政治犯の代表として挙げ、全政治犯の解放を求めていた。

 米国の議会と政府は、足並みを揃えてこの報告書で中国への非難と要求を表明した。中国内部の人権状況を他国があれこれ述べることに対し、中国側からは「内政干渉」だとする反発が当然起きるだろう。

 だが、「人権」は国際的に重みを持つ普遍的な価値観なのである。世界のどの国でも、政府当局が人間の基本的な権利を守ることは鉄則だ。国連の人権宣言はその象徴でもある。

 だから、日本でも当然、中国の人権弾圧に関心を向け、批判を述べるという姿勢があってしかるべきだろう。

 ところが日本では行政、立法、いずれを見ても、中国の人権弾圧の状況を調べ、論じるというメカニズムは存在しない。日本が世界に向かって人間の基本的な権利や自由の重要性を説くのならば、米国のこの委員会の活動を学ぶべきだと言えよう。

ウイグル人とチベット人は「民族浄化」されてしまうのか

 同報告は中国当局の広範な人権弾圧の実態を詳述しているが、中でも特に弾圧されている対象として、ウイグル人とチベット人という少数民族の実例を挙げていた。

 結論を先に述べるならば、ウイグル人もチベット人もこのままでは独自の文化や宗教、言語を抹殺され、中国の多数民族である漢民族に吸い込まれてしまう。かつて旧ユーゴスラビアで起きた「民族浄化」にも匹敵する、民族の独自性の抹殺が進んでいるという。

 ここで「中国に関する議会・政府委員会」の報告から、ウイグル人とチベット人への弾圧の状況の骨子を紹介しよう。

【新疆ウイグル自治区での弾圧の状況】

◆2009年7月のウイグル人の騒乱事件以来、中国当局は住民に対する前例のない厳しい報道管制をさらに強化し、「民族団結」の標語の下に、特にウイグル人の統制や監視を強めた。

◆同騒乱で逮捕された千単位のウイグル人たちの消息は不明のままで、その司法手続きは不透明を極めている。

◆共産党が経済開発でもウイグル人の独自性やこの地域の自主性を無視して、中央政府主体の漢民族主導の形式を広げている。ウイグル人の地元での就職を難しくしている。

◆中国当局は、ウイグル人の子供たちが通う学校で中国語の教育を強制的に強化し、ウイグル語の使用を禁止する措置を次々に取っている。

◆中国当局は、ウイグル人が居住する古い都市カシュガルの文化遺産とも言える中心街を改造し、民族の独自の伝統を奪っている。

◆イスラム教への弾圧がますます強まった。当局は官製の「中国イスラム教教会」を通じてイスラム教の内容を共産主義の方向へ変え、ウイグル人本来の宗教を過激派扱いしている。

◆ウイグル人の若い男女多数が父祖の地から沿岸部の都市に半強制的に移住させられ、ウイグル地区の漢民族の比率が増大している。

◆中国政府はウイグル人の海外亡命をますます厳しく取り締まり、すでに海外に出たウイグル人については、外国政府に圧力をかけて中国へ送還させている(2009年12月には、カンボジア政府が自国領内にいた中国籍ウイグル人20人を中国政府の要請で強制送還した)。

◆中国政府のこうした措置は、自国が決めた少数民族の「自治」の原則に違反し、中国政府が署名した人権に関する一連の国際規則にも反する。

【チベット自治区での弾圧の状況】

◆中国の政府と共産党はこの1年の間に、チベットを、台湾と並ぶ国家の「核心的利益」と位置づけ、チベットの最高宗教指導者ダライ・ラマを一般チベット人から隔離し、国際的な信用も貶めようとする措置を相次いで取った。

◆中国共産党政治局は2010年1月の会議で、チベットの中国化を推進する基本方針を決めた。その結果、チベットは「民族自治」の要素を大幅に薄められ、「チベットの軌跡」がいくらか残る中国一般社会へと変わっていく。

◆共産党政治局はチベット対策の対象を、チベット自治区の周辺の雲南省、青海省、四川省などのチベット人居住区域にまで拡大し、2020年を目標に経済、社会、文化の各面で大幅な「漢民族化」を実現することを決めた。

◆ダライ・ラマは今年3月に「中国当局により、チベット仏教はもはや抹殺されつつある」と抗議した。

◆チベットの文化や伝統、慣習はすべて中国共産党の教義に従属させられつつある。ダライ・ラマへの崇拝を表明したチベット人たちはそれだけで懲罰を受けている。

◆2008年3月のチベット騒乱以来、なお中国当局によるチベット人の逮捕や拘束が続き、少なくとも840人のチベット人が新たに政治的拘束を受けた。

日本は沈黙したままでよいのか

 こう見てくると、中国当局が掲げる「自治」という政治標語はまったく空疎であり、中国はウイグルとチベット両方の少数民族を「民族統一」の名の下に漢民族の中に溶け込ませようと決意したことが分かる。

 この動きは少数民族の側からすれば、民族の伝統やアイデンティティーを抹殺されつつある惨状に他ならない。

 こうした「民族抹殺」は、近代の歴史でも稀有な、残酷な行為だと言えよう。そんな惨劇が日本の隣国で進行しているのである。日本は沈黙したままでよいのだろうか。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4735