「中国五輪」開幕前夜:/5止 横行する人権侵害、締め付け

毎日新聞 2008719日 東京朝刊

ウイグル族のトフティ・テュニヤズさん(48)が、中国で「でっちあげられた罪」によって投獄されてから10年余が過ぎた。妻子が暮らす日本に帰れるのか。同郷の妻ラビヤさん(44)は、不安を抱えながら刑期満了となる来年2月6日を待つ。

トフティさんは新疆ウイグル自治区出身の元エリート官僚。退職して歴史研究家となり東京大大学院に留学していた98年2月、一時帰国した際に拘束された。自治区の中心都市・ウルムチの公文書館で、論文執筆のために新聞や雑誌の目録をコピーしたことが「国家機密の不法入手」に当たるなどとして、懲役11年の実刑判決を受けた。

ラビヤさんは夫の無実を訴えて99年までに6回訪中したが、北京滞在中もウルムチの公安当局に執拗(しつよう)に監視された。「精神的に耐えられない」。最後は逃げるようにして日本に帰った。

今年5月8日。窮状を知った安倍晋三前首相が、来日した中国の胡錦濤国家主席との朝食会で主席に「無事釈放されることを希望する」と伝えた。「法がしっかり執行されているか調べる」。胡主席はそう答えた。

「中国に帰る準備をして」「子供たちに国を愛する教育を」。間もなく、獄中から届いた手紙には、そう書かれていた。「本心であるはずがない」。ラビヤさんは断言する。文面からは、批判を封じようとする当局の意図が透けてみえる。

日本国籍を持つ中国出身の男性会社員(45)は昨年6月、14年ぶりに故郷に帰った。見知らぬ男2人の訪問を受けたのは滞在3日目。中国で諜報(ちょうほう)、防諜活動を担当する部署の身分証を見せられたという。

男性は93年に来日。98年に友人の勧めで会員数は200万人とも1億人以上とも言われる気功集団「法輪功」の修練を始めた。翌年、中国当局は「反社会的な邪教」として法輪功の徹底的な取り締まりに乗り出した。だが、現在も各国の修練者が「弾圧」に抗議して活動を続けている。

「久しぶりの帰郷だから2日待ってやった」。男たちは男性の日本での活動や帰国予定を把握していた。車に無理やり連れ込まれ、手錠を掛けられそうになった。

男性が「僕は日本人だ。人権侵害だ」と抗議すると男たちは「中国の事情も理解してほしい」と頼んできた。「法輪功に対する日本政府の態度は」「友人は何人くらい入っているのか」。情報収集が目的とみられる“尋問”は約2時間に及んだ。

チベット人の30代の会社員、テンジンさんは17歳でインドに亡命、その後、来日した。日本での生活に不自由は感じないが、今年3月にチベットで起きた「暴動」後も、中国政府の対応に抗議するデモに参加したことはない。中国で暮らす老いた両親のことが心配だからだ。

中国当局は「五輪は人権状況の改善に役立つ」と繰り返し説明してきた。だが、故郷・チベットからは、締め付け強化に対する仲間たちの悲鳴が聞こえてくる。「チベット人の先生が学校をクビになった」「ダライ・ラマ14世を批判する文書にサインさせられた」

「殺されない限り、人の心は変わらない」。テンジンさんはため息をつく。五輪開幕まであと20日。「大勢の外国人の目にさらされて、何かが変わればいい」とテンジンさんは願う。=おわり

この連載は西脇真一、鈴木玲子、成沢健一、石井朗生、大塚卓也、木戸哲が担当しました。

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