7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その33)

RFA 2013.07.29 | 翻訳・掲載:2013.08.09

RFAの最近の取材では、ウルムチ事件後警察隊に連行されたまま失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、2009年7月5日に、ウルムチの路上から警察隊によって連行され、そのまま失踪してしまったショヒラット・オスマン氏である。

警察官だったショヒラット・オスマン氏は、ウルムチ事件当日制服姿ではなかったため、ウイグル人に対する無差別拘束で警察隊に連行され、そのまま失踪してしまった。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その32)

RFA 2013.07.18 | 翻訳・掲載:2013.07.30

enwer-turdiRFAの最近の取材では、ウルムチ事件後警察に連行されたまま失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、2009年7月7日に、ウルムチの宿から警察隊らによって連行され、そのまま失踪してしまったアニワル・トゥルデ氏(左記写真)である。

家族らがRFAに明らかにした情報によると、アニワル・トゥルデ氏はアクス地区アワット県アイバグ村出身で、当時ウルムチの建築工事現場で働いていた兄弟イミン・トゥルデ氏とアニワル・トゥルデ氏が2009年7月6日と7日に相次いで警察隊に連行された。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その31)

RFA 2013.05.10 | 翻訳・掲載:2013.05.17

RFAの最近の取材では、ウルムチ事件後警察に連行されたまま失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、2009年8月1日に、自らが営んでいたナン屋から2人の弟子と共に、ウルムチ市サイバグ区警察署の警察らによって連行され、そのまま失踪してしまったアブリズ・カーディル氏である。

彼と一緒に拘束された2人の弟子のうち、一人が六カ月後に、もう一人が七カ月後に釈放された。しかし、彼の消息が未だに不明となっている。カシュガル地区ヤルカンド県グルバグ村出身の奥さんアミナさんは、三人の子供を連れて四年間にわたって彼の消息を探し求めている。アミナさんは、RFAの記者に対し、夫が失踪に至る経緯や中国当局の対応などについて語った。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その29)

RFA 2013.01.01 | 翻訳・掲載:2013.01.19

RFAの最近の取材では、2009年7月5日のウルムチ事件後に失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、アブラジャン・スライマン氏である。

アブラジャン氏は、ウイグルのキズルス自治州アクトゥ県バレン郷出身で、失踪当時19歳だった。彼は、ウルムチ事件の一ヶ月前に地元からウルムチに来たばかりで、ウルムチ事件の翌日に、ウルムチ市内の競馬場第六街から警察隊に連行されていた。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その28)

RFA 2012.12.28 | 翻訳・掲載:2013.01.11

RFAの最近の取材では、ウルムチ事件後に失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、アリムジャン・ベクリ氏(写真)である。アリムジャン氏は、2009年7月5日のウルムチ事件当日、デモに参加していたが、当日の夕方から生死を含む一切の消息が分からなくなっていると言う。

アリムジャン氏は、1985年にウルムチ市で生まれた。2003年に、ウルムチの名門高校「ウルムチ実験高等学校」を卒業し、優秀な成績で大学入試を合格したが、家庭の経済状況が理由で大学に行くことができなかった。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その24)

RFA 2012.11.06 | 翻訳・掲載:2012.11.10

アブドゥレヒム氏一家

RFAの最新の取材では、ウルムチ事件直後の無差別拘束で警察に連行されたまま失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が判明した。それは、アブドゥレヒム・カデル氏である。

アブドゥレヒム氏は、1965年にカシュガルで生まれた。2006年に奥さんと一人の娘を連れてカシュガルからウルムチに移り住み、ウルムチのウイグル人が密集するBeytullaモスク近くで個人経営の板金業の店を開き、一人の普通の職人として暮らしていた。しかし、中国の警察隊が一家の全てを一夜にして奪ったという。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その23)

RFA 2012.10.12 | 翻訳・掲載:2012.10.14

ウルムチ事件の失踪者たち

RFAの最新の取材では、ウルムチ事件直後に失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が判明した。それは、タヒルジャン・エベイ氏である。2人の子供の父親だったタヒルジャン氏は、2009年のウルムチ事件当時は36歳だった。屋台料理を売って生計を立ていたタヒルジャン氏は、ウルムチ事件から二日後の2009年7月7日に、いつものようにシシケバブや屋台料理の器具を乗せた屋台を引いて自宅を出たまま帰ってこなかった。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その22)

RFA 2012.09.25 | 翻訳・掲載:2012.09.27

RFAの最新の取材では、ウルムチ事件後に警察によって強制失踪させられたもう一人のウイグル人の身元が判明した。それは、イミン・モミン氏である。イミン氏は、アクス地区ウチトルパン県出身で、当時ウルムチで工事現場の作業員として働いていた。ウルムチ事件当時(2009年)は28歳で、一人の息子がいる。

家族らがRFAに明らかにした情報によると、イミン氏は2009年7月5日、いつも通り仕事を終えて、働いていた工事現場から自宅に帰る途中、ウルムチの競馬場付近で突然現れた武装警察隊に止められ連行された。当時、イミン氏と彼の弟、そして、工事現場の仲間2人の四人が一緒に歩いていた。四人のうち、イミン氏の弟だけが警察隊の振る舞いをいち早く気づき逃げ出したため無事だったが、残りの三人は何の説明もなく警察隊に連行された。三人のうち、一人が数ヶ月後に釈放され、もう一人に懲役17年が言い渡された。しかし、イミン氏に関しては、警察隊に連行されたその日をもって生死を含む一切の消息が分かっていないと言う。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その21)

RFA 2012.09.06 | 翻訳・掲載:2012.09.10

RFAの最近の取材では、2009年7月5日に起きたウルムチ事件後に強制失踪させられたもう一人のウイグル人の身元が判明した。アブドゥケリム・アブラ氏(写真)である。 家族らがRFAに明らかにした情報によると、アブドゥケリム氏は1987年にカシュガルのベシケレム村で生まれた。ウルムチ事件当時は22歳だった。ウルムチ事件から一ヶ月以上経った2009年8月13日朝10時頃に、ウルムチ市ドンコウルック(Dongkowruk、漢語表記:「二道橋」)で経営していた貴金属店から黒い制服を着た四人組の警察隊に連行され、未だに生死を含む一切の消息が分かっていないという。

当時、現場にいた貴金属店の警備員らが彼を連行した警察らに理由を尋ねたが、「調べたいことがある」と回答しただけで、身分や連絡先などは一切名乗らず連行して行ったという。

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7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その18)

RFA 2012.07.11 | 翻訳・掲載:2012.07.21

家族らがRFAに明らかにした情報によると、2009年7月5日に起きたウルムチ事件後に失踪してしまったウイグル人の一人は、ホータン地区カラカシ県ジャハンバグ村出身のトゥデメメット・トゥルスンニヤズ氏(写真)である。彼は、失踪当時は24歳だった。ウルムチにやってきて肉屋をやり始めてから6ヶ月間経ったばかりの彼は、2009年7月5日に消息を絶ったまま、未だに生死を含む一切の消息が分かったいない。

彼は、ウルムチ事件の前日に母親に電話し、ホータンの実家に残していた奥さんをウルムチに向かわせてくれるようお願いしていた。母親が彼の奥さんをウルムチに向かわせるための準備を進めている最中に、彼から全く連絡が来なくなった。田舎に暮らすこの母親がウルムチで事件があったことを知ったのは7月5日ウルムチ事件から15日間経った後のことだった。ウルムチで事件があったことを知ってから、7月4日以降突然連絡が来なくなった息子のことを心配し、悪い予感で頭いっぱいだったという。

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