「ウイグル絶望収容所の起源はチベット」センゲ首相インタビュー

Newsweekjapan, 24.01.2018

<共産党の過酷な監視と弾圧が続く中、歴史的なジョカン寺院炎上の衝撃はチベット人に衝撃を与えた。ダライ・ラマ引退後の亡命政府を率いるセンゲ首相が語るチベットの現状と展望>

中国チベット自治区の区都ラサにある有力仏教寺院「ジョカン寺院(中国名・大昭寺)」で2月17日に火災が発生し、世界遺産にも登録されている歴史的な建物が紅蓮の炎に包まれた。出火原因は不明。けが人こそなかったが、7世紀に建立された寺院の炎上は、チベット人に衝撃を与えた。

チベット仏教の精神的指導者であるダライ・ラマ14世は既に政治の舞台から引退。一方で08年の騒乱以来、外国メディアを排した「密室」の中での共産党による厳しい監視と弾圧、そしてそれに抗議する僧侶の焼身自殺がいまも続く。

インド・ダラムサラにあるチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は、ダライ・ラマの後を継いでチベットの自由を求める政治運動のリーダーとして世界各国を訪問している。2月20日、日本を訪問したセンゲに話を聞いた。

Devastating news from Lhasa of the Jokhang temple on fire. pic.twitter.com/LXiIlvc7V5

— Robert Barnett (@RobbieBarnett) 2018年2月17日

(ジョカン寺院の火災の様子)――SNSでジョカン寺院火災の動画、写真が伝えられたが、中国政府は検閲し、一般市民の情報発信を禁止している。

われわれに伝えられた情報によると、火災が起きたのは本殿ではなかった。最悪の事態は免れたが、ジョカン寺はチベット人にとって最も重要な寺院であり、人々は心を痛めている。

08年もそうだったが、チベット人の抗議活動はジョカン寺から始まることが多い。暴動につながりかねないとの懸念もあって中国政府は情報発信を制限したのだろうが、やましいところがなければ公開するべきだ。

チベット本土では外国のジャーナリストが取材できない状況が続いているが、国際社会に対する情報公開こそが人々の安心につながる。

また、ラルンガルゴンパ(編集部注:四川省西部のカンゼ・チベット族自治州にある仏教の教学施設。1万人以上が学ぶ「世界最大の仏教学院」と呼ばれてきた)などチベット仏教寺院の取り壊しが続いている。チベット人は自らの文化が失われることを懸念していることも付け加えておきたい。

――火災についてラサからの情報提供があったとのことだが、亡命政府はチベット本土の住民との連絡は保っているのか。新疆ウイグル自治区では監視社会化が進んでいる。

最近、欧米メディアが新疆ウイグル自治区の監視社会化について盛んに伝えているが、実はそうした手法の多くはチベットでは既に導入済みだ。現在、新疆ウイグル自治区のトップは陳全国(チェン・チュエングオ)だが、前任地はチベットだ。

無数の監視カメラ、私服警官による巡視、無数の派出所と検問、トラブルが起きたときに地域全体のネットを遮断する情報封鎖などの手法はまずチベットで実行され、現在の新疆に持ち込まれた。数千人もの漢民族、チベット人が密告者として雇用されているとも伝えられている。

もっとも、われわれとチベット本土の人々とのつながりが断たれたわけではない。ジョカン寺院の火災も1時間以内にわれわれに伝わった。

毛沢東の「抑圧あるところに抵抗あり」という言葉は正しい。抑圧があれば必ず反発が起き、情報も外に漏れる。抑圧と監視社会化による統治が成功することはないだろう。

【参考記事】ウイグル「絶望」収容所──中国共産党のウイグル人大量収監が始まった

――しかしチベット人を取り巻く環境は年々厳しさを増している。国際社会における中国の発言力も増し、先日は、ダライ・ラマ法王の言葉を広告に引用した自動車メーカーのメルセデス・ベンツが謝罪に追い込まれた。

確かに中国は強大化している。私は最近、南アフリカを訪問したが、その際には現地中国大使館が抗議デモを組織するなど締め付けを強めている。

各国の政府、企業が中国政府の報復を恐れる状況は理解できる。ただ、チベット問題で譲歩すれば最後は皆さんにも跳ね返ってくることは理解していただきたい。

チベット問題、天安門事件、そして新疆と中国には多くの人権問題がある。それらについて口をつぐみ続ければ、そのうち自国に関する問題でも譲歩を余儀なくされる。

このリスクに気がついた国もある。一時期、中国と蜜月を築いたオーストラリアは現在、一転して中国のロビー活動が国内政治に影響しないよう防止する法案を提出している。

中国がどのような国なのか、それを知りたければチベットの経験を知る必要がある。チベットの悲劇を知らなければ中国の全貌はつかめない。

――昨年、ダライ・ラマ法王は日本訪問をキャンセルした。健康問題を抱えているのか。年内に高僧の会合が予定されていると聞くが、転生問題が話し合われるのか。

健康状態は良好だ。検査でもそう診断された。訪日キャンセルは過労を主治医が心配して忠告したためだ。ダライ・ラマ法王は83歳のお年なのだから、休み休み働くのは当然だ。

高僧会合は3年おきに開催されている定期的な会合だ。転生問題を含む多くの議題が話し合われる。ただ、転生と後継者の問題は法王に決定権があることは強調しておきたい。当然だが、中国政府に決定権はない。

転生とは過去のラマの使命とビジョンを新たなラマが受け継ぐことである。先代のラマが亡命の身であれば、次代のラマも亡命者から生まれてくるのが道理だろう。われわれとしてはチベット問題が解決し、法王が帰還されることを望んでいるが。

――共産党と亡命政府が水面下で接触している、という報道がある。

現在、秘密裏の公式な接触は行われていない。だから、いわゆる「大スクープ」はない。02年から10年の間、ダライ・ラマ法王の使いが中国とチベットを9回訪問した。訪問のたびに興奮が起き、さまざまな憶測が行われたが、結局何も起きなかった。

中国政府と対話することはわれわれの政策である。なぜなら、われわれは「中道政策(編集部注:独立でなく高度な自治権を求めるダライ・ラマの政策)」でチベット問題を解決したいからだ。

ダライ・ラマの使いが訪中するたびに、そのことを表明し、平和的な解決策のために話し合った。われわれは常に中国側の代表といつ、どこでも会う用意がある、と言っている。しかし、中国政府のほうからは返事がない。習近平(シー・チンピン、国家主席)の2期目には実現することを期待したい。

――日本人読者にメッセージを。

60年代の中国によるチベット占領はアジアでは多くの関心を持たれなかった。遠く離れた場所で起きたこと、自分たちとは無関係の話だと思われたのだ。

だが、現在では南シナ海や東シナ海、尖閣諸島やスカボロー礁など、中国との領土対立はアジアの多くの国々にとって現実的な問題となっている。チベットに起きたことは皆さんにも起こり得る問題であると認識してほしい。どこか遠くの無関係な問題ではなく、現実的な課題なのだ。

この問題に関して結論は2つしかない。中国があなた方を変えてしまうか、それともあなた方が中国を変えるか。このどちらかなのだ。

[筆者] 高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。

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