7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その7)

RFA 2012.05.22 | 翻訳・掲載:2012.05.29

RFAの最近の取材では、ウルムチ事件後に失踪してしまった二人のカザフ人の情報や失踪に至る経緯が明らかになった。その二人は、アイトカズ・ハサンベク氏(26歳)と、アマンタイ・ジュマタイ氏(39歳、写真)である。二人とも子供を一人持っている。家族らがRFAに明らかにした情報によると、この二人は7月5日のデモ及びその後の衝突に参加しておらず、顔つきがウイグル人に似ていたため事件後の無差別拘束運動で拘束され、失踪してしまったという。

アイトカズ・ハサンベク氏は、ウルムチ森林大学専科(準学士)を卒業し、就職できずにいた若者だった。ウルムチで生まれ育った彼は、2009年に、一人の子供、妻、お母さんと共にウルムチ市天山区にある住宅街に住んでいた。

情報によると、2009年7月5日のウルムチ事件後に、ウルムチの一部の住宅街では青年・中年のウイグル人男性を無差別に拘束するよう当局からの命令があった。アイトカズ氏は、その政治運動の嵐に巻き込まれ失踪した一人である。

アイトカズ氏のお姉さんの話によると、当日彼が何気なく通りに出たとたん、その住宅街で無差別拘束を実施していた武装警察隊に遭ってしまい、自宅に戻ることにも間に合わず即時拘束された。彼は夕方7時頃に、拘束されているウルムチBAHULIANG警察署から母親のアミナさんに電話し、警察隊が拘束の理由など何も言わずに自分をいきなり拘束し警察署に運んできたことを知らせた。そして、後1時間後に調べてから釈放すると言われていることも電話で母親に伝えた。しかし、現実はそうは行かず、彼が家に戻ることはなかった。

アイトカズ氏の家族らが翌日の朝に同警察署に駆け付けたが、警察署側は、該当地域から拘束されてきた人々がその日のうち特別警察隊に引き渡されたこと、拘束されてきた人々のリストを作成し記録を残すことにも間に合わなかったため、彼が何処に移送されたのかも把握していないことを伝えた。その日から今までに、家族らが彼を散々捜したが、彼の消息に関する一切の情報を入手できずにいるという。

アマンタイ・ジュマタイ氏は、ウルムチ市交通局管轄の路線バスの運転手でした。彼の父親であるジュマタイ氏がRFAに明らかにした情報によると、息子が何時、何処で、どのように失踪したのかに関する一切の情報が不明だが、ただ一つ分かっているのは、彼が2009年7月5日に両親が住んでいた家を訪ねてきていたとの事実だけである。ジュマタイ氏は失踪前の息子の消息に関する最後の手がかりとなるこの情報を同じビルに住んでいた近所の人たちの証言から知ったという。ジュマタイ氏は、当日は自分たちが不在だったため、訪ねてきた息子がウルムチ市内の別の住宅街に住むお姉さんの家に向かって、途中で警察隊に拘束されたのではないかと疑っているという。

RFAが入手した情報によると、彼の妻がカザフスタンで病院を経営しており、失踪した夫を捜しに何度もウルムチを訪れたが、全く効果がなかったという。ジュマタイ氏はRFAの取材に対し、息子がどのように失踪したのかは、心の中では大体分かっているが今はまだ口にしたくないと語った。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/ghayib-bolghanlar-05222012163330.html

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