7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その3)

RFA 2012.05.09 | 翻訳・掲載:2012.05.10

トゥルグン・オブルカスム氏

トゥルグン・オブルカスム氏

RFAが入手した情報によると、中国の警察隊が、7.5ウルムチ大虐殺事件の四日後に、ウルムチにあるMuhajirホテルの付属レストランである「ミラン」、「タシケント」、「メディナ」、「アルカスル」という四つのレストランで働く70人以上の従業員及び一人のレストラン経営者を拘束した。

RFAの取材では、そのうち少なくとも一人が未だに一切の消息不明となっていることが明らかになった。その一人は、「メディナ」レストランのコックだったトゥルグン・オブルカスム氏である。トゥルグン氏は、1976年にカシュガルで生まれた。彼の妻メルハバさんは、当時2歳だった子供と共に、ここ3年間あらゆる関係政府機関に何度も何度も訴え続けている、未だに夫の消息に関するの一切の情報を入手できずにいるという。

RFAの記者は、ウルムチにあるMuhajirホテルのパキスタン人経営者及び「メディナ」レストランの責任者サルフラット氏を取材し、トゥルグン氏の件について事情を聞いた。

サルフラット氏によると、警察隊が2009年7月9日に「メディナ」レストランから従業員5人を拘束していった。その後の数カ月以内に、合わせて4名が釈放されたが、トゥルグン氏の消息が未だにわかっていないという。

サルフラットは、7月5日にウルムチで事件が起きた際に、自らの指示で同レストランの玄関に鍵をかけ、従業員らが外に出て事件に巻き込まれないようにしたという。そして、事件当日から三日間にわたって従業員らを外出させず、自らが経営するホテルで宿泊させたという。

サルフラット氏によると、7月9日にレストランの従業員らが警察隊に連行された事件後に、サルフラット氏は警察署らを走り回り従業員らの安否確認を行った。そして、トゥルグン氏がLiudawan警察署に拘束されていることを知り、知り合いの警察官らを通じて、500人民元の生活費を彼に届けるよう手配した。しかし、二日後に再び同警察署に行くと、今度はトゥルグン氏が同警察署にいないと言われ、何処に移送されたのかを教えてもらうこともできなかった。更にしつこく尋ねると、警察が彼自身を尋問し始めた。

サルフラット氏は仕方なく、トゥルグン氏の妻に事情を説明し、自分には他に有効な打つ手がないことをお詫びし、家族としてメルハバさんが夫を捜し続けることを勧めた。ウルムチで生まれ育ったものの、あまり頼れる人のいないメルハバさんは、今でも消えた夫の消息を捜し続けているが一切の情報を入手できずにいるという。

サルフラット氏は現在、人道的な観点から、トゥルグン氏の妻と子供に毎月600~700人民元の生活費を提供し続けているという。

サルフラット氏はRFAの取材に対し、自分には政治に興味がないと主張し、トゥルグン氏が働いていたレストランの責任者としての責任感及び人道的な観点からトゥルグン氏の運命に関心を寄せ、消息を捜してきたと指摘した。そして、トゥルグン氏が100%無実であると断言できると主張し、政府がトゥルグン氏の運命について家族らに説明すべきであり、自分はそれを望んでいると指摘した。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/turghun-obulqasim-05092012160004.html

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