証言者たちが語る「7.5ウルムチ大虐殺事件」の真相(その3)

RFA 2009年8月5日
(7月5日にウルムチに滞在していて、事件を目撃したウイグル人女性がカザフスタンに戻ってからの証言)

記者(RFAのカザフスタン在住の記者アブドゥラ):ウルムチで目撃したことなどついて聞かせてもらえますか。

ウイグル人女性:私は一人の友人とともに7月2日から祖国を訪れていました。二人は7月5日にもウルムチに滞在していて、この日の事件を自分の目で目撃しました。

当日は、街で大勢の人が売買をしていて、とても賑わっていた。友人と二人はホテルから出て街をぶらぶらしてから帰ってきたら、ホテル近くの通りで騒ぎが始まっていた。(注:RFAが放送した音声では証言者の女性がホテルの場所も言っていましたが、何度聞いてもはっきりと聞き取れなかったため翻訳の際に明記できなかった。)

通りの右側には手に何も持っていないウイグル人の若者たちが集まっていて、左側には手に武器を持っていた警察が大勢集まっていた。警察と若者たちが対立していた。周辺には大勢の人が集まっていた。暫くすると警察の代わりに武装警察がやってきた。

暫くすると、頭に安全ヘルメットを被った何百人ものの武装警察が若者たちや周辺に集まっていた人々に向けて発砲を始めた。その後、街は大混乱に陥った。人々は命を守るために四方八方に逃げ出した。バスなどが燃え始めたりした光景もあったが、武装警察の銃弾が当たって火がついたものが多かったと思う。

友人と二人はこの混乱から何とかして無事逃げ出して、ようやくホテルに入ることができた。そして、7階の部屋からそのすべてを見ていた。

発砲が始まって死者が出てから若者たちも現場から逃げ出したが、通りの両側(入り口と出口)から攻撃してきた武装警察や軍隊に挟まれてしまい、逃げ場を失った。その現場で起きていたことを私たちは自分の目で見た。武装警察や軍隊は、若者たちを片っ端から殴りつけ、捕まっていった。そして、捕まった人を地面に座らせ、自分のシャツを自分の頭に被せ、武器や警棒などで死ぬほど殴ってから血だらけ状態の若者たちを次々と軍用トラックに入れてやった。

それだけではない。武装警察と軍隊は、街で目に現れたウイグル人男性だけではなく、女性や子供たちまで無差別で殴りつけた。逃げようとした女性たちを髪から捕まって倒したり、動けなくなるまで必死で殴ったりした。更に酷いのは、血だらけになった女性たちを髪から引っ張ったまま次々と軍用トラックに入れてやった。

当日は、夜になると一斉に電気が消えた。そして、翌朝まで銃声があちらこちらから聞こえていて、私たち二人も眠れなかった。深夜の3時頃には、ホテルの前の通りに7~8台のトラックがやって来て、衝突現場となった通りに水をかけ、血の痕などを洗った。私たちはそれをホテルの部屋の窓から見た。

翌日の朝には町中が軍隊に溢れていた。人々の移動が禁じられたため、街では軍隊しかいなかった。その後、ウイグル人居住区を中心に、無差別拘束が始まった。武装警察や軍隊は、ウイグル人の家に一軒一軒押し入って捜査した。街ではあちらこちらに逃げていた人々の姿が現れた。多くのウイグル人の家から若者たちが捕まれ、連行されていった。この捜査が一日中続いた。これらは私が自分の目で見た光景なのだ。

中国政府側はデモ隊に武器を使っていないと言っているが、それは真っ赤な嘘だ。当日私が自分の目で見て数えただけでも、22人のウイグル人があの現場で銃殺された。後から聞いた話によると、当日は市内の5箇所で同じようなことが起きている。その5箇所の何れでも武装警察や軍隊による発砲があったという。当日一体どれだけのウイグル人が銃殺されたのかは想像しにくい。私たちが目の当たりにしたのは恐ろしい現実だった。

私たちが目の当たりにした恐ろしい現実はそれだけではない。7月7日には、何千人ものの漢人が手に鉄棒や刃物などを持って町のあちらこちらでウイグル人を襲った。町の至る所に武装警察や軍隊がいたが、それを阻止しようとはしなかった。ウイグル人の死傷者が続々と出ていたのにもかかわらず、武装警察や軍隊がそばでそれを見ていただけで何にもしなかった。武装警察や軍隊は「やりたい放題に遣っ付けてやってください」という感じで漢人らの暴動を見守っていただけだった。友人と二人はそれを自分の目で見て、目を疑ってしまった。信じられないほど不公平な光景だった。中国政府が全ウイグル族を敵にしていることがはっきりと現れたのです。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/xitay-uyghurlarni-atti-08052009190648.html

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